精神医学において、従来の精神障害を「内科的疾患」とすれば、心的外傷に続発する障害は「外科的障害」である。こちらのほうは、個人的に耐え忍び、自分の中に抱え、自力で処理されるべきものとされてきた。たとえば肉親・近親者・親友との離別、死別、幼児虐待、性的虐待、犯罪被害、被災、戦争体験、死に至る病の告知を受けること等々である。ところが、そうではなくて、コミュニティの中で支えられ、援助されるべきであると考えなおされてきた。この最近の世界的な思想的・社会的開眼という大きな文脈の精神医学版がPTSDとなって現れたのである。 (「喪の作業としてのPTSD」 1996) いじめが権力に関係しているからには、必ず政治学がある。子どもにおけるいじめの政治学はなかなか精巧であって、子どもが政治的存在であるという面を持つことを教えてくれる。子ども社会は実に政治化された社会である。すべての大人が政治的社会をまず子どもとして子ども時代に経験することからみれば、少年少女の政治社会のほうが政治社会の原型なのかもしれない。 いじめはなぜわかりにくいか。それは、ある一定の順序を以て進行するからであり、この順序が実に政治的に巧妙なのである。 私は仮にいじめの過程を「孤立化」「無力化」「透明化」の三段階に分けてみた。これは実は政治的隷従、すなわち奴隷化の過程なのである。 (「いじめの政治学」 1997) 子ども社会におけるいじめの進行過程を分析した表題作ほか、PTSDやこころのケア、ロールシャッハ・テストに関する論考等30編。 1996年1月・神戸 戦時下一小学生の読書記録 喪の作業としてのPTSD 訳詩の生理学 私の三冊 清明寮の庭 私の「今」 記憶について 医師は治療の媒介者 三幅対 ハードルを一つ上げる ロールシャッハ・カードの美学と流れ 詩を訳すまで 「創造と癒し序説」--創作の生理学に向けて 幼時の寸景ーー戦前のタクシーの記憶 赤と青と緑とヒト 「こころにやさしい」社会 二年目の震災ノート 日本の心配 いじめの政治学 定年を迎えて 秋田に行く いじめの政治学から 精神科治療環境論 昭和72年の歳末に思う 私の歩んだ道 日本人は外国語がなぜできないことになっているのか 編集から始めた私 ボランティアとは何か 須賀敦子さんの訳詩について 解説6 最相葉月 掲載文・書誌一覧
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