デヴィッド・フォスター・ウォレスと、『これは水です』のこと 文/丸屋九兵衛 正直なところ、この『これは水です』に書評なぞ要らないのだと思う。 だが、「真理とは(略)50歳になるまでには、どうにかそれを身につけて、銃でじぶんの頭を撃ち抜きたいと思わないようにすること」と説いていながら、46歳で自ら人生に終止符を打った優しい哲人のことを思うと、何か書かずにはいられないのだ。 「ポスト・ピンチョン世代の巨人」。あるいは「20世紀最後の大作家」。そう評されるデヴィッド・フォスター・ウォレスは、筆が遅い男だった。長編小説は生涯で計3作、それも最後の『The Pale King』は未完ときている。短編集も3冊のみだ。これでは、音楽の世界に喩えれば「ジョージ・マイケル並」と言っていいくらいの寡作である。さらに我々が不利なのは、そんなウォレスのビブリオグラフィで和訳されたものが少ないということ。そこに、この1冊『これは水です』が付け加わったことは、素直に嬉しい。 ウォレスの長編3作はどれも長い。 特に、96年の『Infinite Jest』は原著で1000ページを超えるシロモノだが、『タイム』誌が「1923年から2005年のあいだに書かれた英語小説ベスト100の一つ」と位置付けた逸品でもある。マーヴィン・ピーク『ゴーメンガースト』とイシュメール・リード『マンボ・ジャンボ』とニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ』を合わせたような世界で、明晰な知性とナードらしい面倒くささが匂い立つ怪作、と言おうか。 『人生はローリングストーン』なる邦題がつけられた映画『The End of the Tour』を見てみよう。 件の大著『Infinite Jest』の発表時、書店をプロモーションで回るウォレスに帯同して5日間を共に過ごしたデヴィッド・リプスキーが書いたメモワール『Although Of Course You End Up Becoming Yourself: A Road Trip with David Foster Wallace』を映像化したものだ。ここでもやはり、ジェイソン・シーゲル演じるウォレスはーー人当たりこそいいもののーーナード特有の面倒くさ〜い感じがプンプンする人物として描かれていた……。 そう。 わたしとて、ウォレスが単なる「善人」「人当たりのいい人」だった……とは決して思わないのだ。 それでも。 「思いやりと愛、表面を見透せば、森羅万象はひとつです」 そう言い切る『これは水です』に溢れているのはウォレスの優しさだ。 悲しいかな、繊細で優しすぎる者にとって、この世はあまりに生きづらい。だがそれで… これは水です 〈訳者解説〉「蒼白の王」のグッド・バイ 訳注 校訂
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